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岐阜地方裁判所 昭和48年(ワ)138号 判決

原告 高安節子

右訴訟代理人弁護士 郷成文

同 成瀬欽哉

同 伊藤貞利

被告 旭興業株式会社

右代表者代表取締役 竹中三郎

右訴訟代理人弁護士 小山斉

同 初瀬晴彦

主文

被告は原告に対し、金二二〇万円及び内金二〇〇万円に対する昭和四八年五月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三四五万円及びこれに対する昭和四八年五月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和四四年五月に肩書地に家屋を移築して、以後同所に居住する住民であるが、同所は金華山及び長良川が一望できる風光明媚な高台であって、絶好の住宅地域である。

2  被告は、計量器の製造、販売、修理、機械器具の製造販売及びこれらに付帯する業務を営むことを目的とする株式会社であり、肩書地に工場をもち、同所において消防器具、計量器等の製造及び水道用メーター等の再生を行っている。

3  被告は、原告が現住所に居住するようになったころからその事業規模を拡大し、昭和四四年一〇月に鉄骨スレート平家建水道メーター工場一棟(床面積一九七・九六平方メートル)、同四五年一〇月に鉄骨スレート平家建消防機具工場一棟(床面積五〇一・一〇平方メートル)をそれぞれ新築した。

4  被告の右工場における操業の内容及びこれに伴って発生する物質は次のとおりである。

(一) 塩酸、硫酸、硝酸、王水を使用する古水道メーターの酸洗い、これに伴ない塩化水素、硝酸、硫酸、窒素の各酸化ガスが発生する(四七年四月まで)。

(二) 蓚酸を使用する製品のアルマイトメッキ。これに伴ない蓚酸ガスが発生する。

(三) 青空塗装(刷毛塗装及び吹き付け塗装)。これに伴ないシンナー等のガスが発生する。

(四) 研磨機(バフ機)による製品の研磨(昭和四七年四月サイクロン式集塵機をつけるまで)。これに伴ないアルミニウム、亜鉛、銅及びそれらの各化合物といった重金属が発生する。

(五) 含浸装置(製品のピンホールをふさぐため真空タンクの中で珪酸ソーダを注入する装置)の使用。これに伴ないガラス粉塵が発生する。

(六) 各操業から生ずる塩化ビニール屑の焼却処理。これに伴ない塩素、塩化水素、ホスゲン等の有毒ガスが発生する。

(七) サンドブラスト機による古水道メーターの再生処理(昭和四六年五月以降)。これに伴ない使用後の古サンド中の金属粉塵が散乱する。

5  右各排出ガス及び粉塵の一般的有毒性は次のとおりである。

(一) 塩素  強刺激性の窒息性ガス。気道全般に作用する。慢性毒性として鼻粘膜に炎症や潰瘍を起こし、呼吸器疾患、歯牙酸食症を招く。

(二) 塩化水素  皮膚、粘膜を刺激し、強腐蝕性を有する。吸入が続くと気道の炎症及び肺水腫を招く。慢性中毒としては歯牙酸食症、胃腸障害、酸血症を招く。

(三) ホスゲン  吸入により呼吸中枢を刺激し、肺胞を侵食する。

(四) 王水(硝酸+三塩酸)  息のつまる様な臭気を有し、金や白金をも溶解する。皮膚、粘膜、呼吸器を強く刺激し、炎症を起こさせる。

(五) 硝酸  皮膚、粘膜、目が激しい薬火傷を起こす。歯牙酸食、呼吸器を刺激し、肺水腫を起こすことがある。

(六) 窒素酸化物  目及び呼吸器に強い刺激。せき、咽頭痛、めまい、頭痛、嘔吐を招く。慢性中毒として慢性気管支炎、歯牙酸食症、不眠症を起こす。

(七) 硫酸  歯牙酸食症、呼吸器を侵食する。ときに肺炎、肺水腫を起こす。

(八) 蓚酸  皮膚、粘膜を刺激し、けいれんを起こす。

(九) シンナー  皮膚、粘膜を刺激し、吸入によりめまいを起こす。

(一〇) アルミニウム及びその化合物  炎症、腫張、吸入によって肺損傷を起こす。

(一一) 亜鉛及びその化合物  口腔や消化器の粘膜を刺激する。

(一二) 銅及びその化合物  吸入により鼻粘膜の炎症、咽頭の充血を起こす。皮膚のかぶれ、炎症を招く。

6  原告は昭和四四年一〇月ころから「のどの喝くような感じ」「息のつまるような感じ」「めまい」「肩の痛み」等の異常感を覚え、しばしば嘔咽するようになった。さらに同四五年一〇月からは「のどの痛み」「のどの出血」「血痰」「声が出なくなるような症状」「頭痛」「全身の倦怠感」「貧血」「息切れ」「咳嗽」「悪心」「嘔吐」「腕の痛み」と機能異常を覚えるようになり、「のどの痛み」等については「慢性咽頭炎」、後には「慢性気管支炎」と医師に診断された。

7  被告工場は原告の住居の存在する高台の南側下方直近に位置しており、被告工場からの前記各種排出ガス及び粉塵は大気中に混じって人体への相乗効果(珪素等それ自体は無害な粉塵でもそれが他の物質と共存して、他の物質の人体への悪影響を何倍にも高める効果)を強め、原告家屋のある高台上を吹きぬける風と被告工場のある下からはい上る空気とで醸成される一種の乱気流状態により原告家屋付近に集中して停滞する。右各種排出ガス及び粉塵によって原告は前記のとおり健康被害を受け、後記10のとおりの損害を被った。

8(一)  人体に有害な化学薬品等を使用する企業は常にその作業工程の点検等安全性を確認し、特に作業工程において発生する有毒ガス等の行方、影響について可能な限り注意し、外部の被害の発生を未然に防止すべき義務を有する。

(二) しかるに被告は、水道メーター工場の酸洗い現場から発生するガスを換気扇によって原告住居の方向に排出し、吸塵装置の付属していない研磨機を設置し、そこから発生する重金属粉塵及びアルマイトメッキ設備の蓚酸処理工程から発生する蓚酸ガスを換気扇によって屋外に排出し、又含侵装置から発生する粉塵をそのまま外部に飛散させる等していたもので、この点に過失がある。

特に昭和四五年秋以降は、原告が被告に対し、その操業によって被害を受けていることにつき抗議を行なってきて、被告も被害の発生を知ったにもかかわらず前記操業を継続しているものであるから、この時期については故意責任が問われるべきである。

9  本件加害行為の違法性は明白である。すなわち本件加害行為により侵害されたのが原告の身体であり、その健康被害が深刻かつ長期にわたったこと、加害態様が被告工場から排出され原告宅を直撃した有毒ガス及び粉塵による積極的侵害であること、被告の操業については特段の社会公共性は存しないこと、加害防止措置の可能性が十分存したこと、以上の点からして違法性は明白である。

さらに本件においては被害発生地域が緑地地域であるという地域性、及び本件加害行為の増大化をもたらした工場の新増築が緑地地域内でかつ農地上の建築であることからの規制や建築基準法に違反した建築であったという事実が本件加害行為の違法性をいっそう強度のものたらしめている。

10  原告は、従前全くの健康体であったが、風光明媚な郊外の緑地地域である現住居に移住してきたにもかかわらず、同地域に全くそぐわない被告の工場から排出される各種酸化ガス、粉塵によって前記6のとおり健康を害され、病苦と不安の中での生活を余儀なくされた。又原告は治療と診断を求めて幾多の病院を訪れ、知人を頼って動物実験までして原因究明に努めるという心労を強いられたし、さらには被告工場からの排出物質を防ぐために、住居のある高台南側の周囲に遮蔽物を構築し、あるいは空気清浄機を購入するなど様々な防衛処置をとらざるを得なかった。しかも現在にいたるも前記の健康被害の状況は解消していない。

右のとおりの健康被害を含めた環境破壊により原告の被った精神的苦痛を慰謝すべき金員としては少くとも三〇〇万円が相当である。又本件訴訟の提起を余儀なくされたため弁護士費用として支払う四五万円相当の損害を被った。

11  よって、原告は被告に対し、被告の右不法行為により原告の被った損害の賠償として三四五万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四八年五月二九日から支払済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1は、原告が肩書地に建物を移築して居住している住民であることは認めるが、その余は争う。

2  同2は認める。

3  同3は水道メーター工場の新築は認めるが、その余は争う。消防器具工場は旧工場の一部を取毀してその部分に増築したものであって新築ではない。

4  同4(一)は「酸洗い」をしていたことは認めるが、それは昭和三九年ころから同四六年二月まで毎月二回宛行なったにすぎない。その後はサンドブラストを使用して物理的処理により古メーターの清掃作業を行なっている。同(二)は同四六年三月まで蓚酸アルマイト処理による塗装を行なったことはあるが、元来メッキ等の工程は全て外注している。同(三)のシンナーは製品にラッカーを小刷毛で塗る際少量を使用する程度にすぎない。しかもその作業は作業員二名が週二日くらい行なうのみである。同(六)の塩化ビニール残材は土中に埋込んで処理していたし、同四六年二月からは市の塵埃焼却場へ搬入処分している。その他同4の各種排出ガス及び粉塵の発生はいずれも否認する。

5  同6は不知。

6  同7は原告居住地と被告工場との位置関係は認めるが、その余は否認する。原告のいう相乗効果の理論というのは各種浮遊物の量がある程度以上になることを条件としており、本件に適用することは無理である。なお、原告は昭和四七年五月一日岐阜県公害審査会に調停申請をなし、被告会社に対し慰謝料の支払いと工場撤去を要求したが、右審査会がこの件につき設けた調停委員会は、同年一二月一日申請にかかる公害の発生は見当らなかったことを理由として公害紛争処理法三五条の規定により調停を拒否した。

7  同8(一)及び(二)は争う。

8  同9は、緑地地域指定の点は認める(昭和四六年四月一日からは未指定地域となった。)が違法建築であるとの点は否認する。緑地地域指定前から存在した建築物についてはその一・五倍以内の増設工事が認められており、被告の増築はその制限内である。

9  同10は不知もしくは争う。

第三証拠《省略》

理由

第一当事者

一  原告

請求原因1のうち原告が昭和四四年五月に岐阜市長良三五三三番地三〇に家屋を移築して以後現在に至るまで引続き同所に居住する住民であることは当事者間に争いがない。《証拠省略》によれば、原告は大正八年二月一二日に生まれ、昭和一九年高安敏雄と結婚し、同二〇年及び同二三年にそれぞれ男児を出産したことのある婦人であることが認められる。

二  被告

請求原因2の被告が計量器の製造、販売、修理、機械器具の製造及びこれらに付帯する業務を営むことを目的とする株式会社であること、現在岐阜市長良雄総五二番地所在の工場において消防器具、計量器等の製造及び水道用メーター等の再生を行なっていることはいずれも当事者間に争いがない。

第二被告の操業行為

《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められる。

1  被告は昭和一二年三月に設立され、岐阜市本郷町において工具の製作を始めたが、同一七年から魚雷等の兵器の部品の製作に従事し、同二〇年五月現在地の岐阜市長良雄総五二番地への移転に着手し、同年八月初旬から同所において操業を開始し今日に至っている。同年の終戦後は再び民需生産に転向し、同二一年から計量器、同二八年から消防器具、同二九年もしくは同三〇年から水道メーターの製作をそれぞれしている。

被告は従前は小規模の工場で操業をしていたが、昭和三八年には軽量鉄骨コンクリートブロック造スレート葺平家建計量器工場一棟(床面積二三七・九八平方メートル)を新築した。又同四四年一〇月に鉄骨スレート葺平家建水道メーター工場一棟(床面積一九七・九六平方メートル)を新築し(この点は当事者間に争いがない。)、同四五年一〇月に鉄骨スレート葺平家建消防器具工場一棟(床面積五〇一・八〇平方メートル)を増築した。

2  右新増築以後、被告は特に水道メーター工場及び消防器具工場を中心としてその操業をしているものであるが、昭和四六年三月までの被告工場内での操業内容及びこれに伴う排出物質は次のとおりである。

(一)  消防器具工場

東側では旋盤で消防ホースのノズルを製作しており、右ノズルの材料である砲金(銅、錫と亜鉛の合金)やヒドロナリウム(アルミニウムとマグネシウムの合金)の切削片が発生していた。西側では右ノズルに手でやすりをかけており同じく右金属切削片が発生し、圧縮空気で製品となった右ノズルの掃除をしたり、右製品にペンキ塗装等の作業をしていた。工場中央部の屋根に短い煙突があり、設置された換気扇により工場内の換気をしていた。工場西端では蓚酸を使用してアルマイトメッキをしており、発生する蓚酸ガスを西側壁面にとりつけられた換気扇により外部に排出していた。同じく西端では吸塵装置のとりつけられていないバフ研磨機で右製品の研磨をしており、その切削片を扇風機で西側壁面の窓から外部に排出し側溝に落していた。又同工場西側の屋外で含浸装置(製品のピンホールをふさぐため真空タンクの中で珪酸ソーダを注入する装置)を使用しており、そのためガラス粉塵が発生していた。

同工場建物の北側壁面屋外には製品の金属切削屑及び塩化ビニールの屑が集積されていた。又同工場北東側の外部敷地では工場内の廃棄物を月に一、二回まとめて焼却していたが、右廃棄物中には塩化ビニール屑も含まれており、焼却によって塩素ガス、塩化水素ガス、炭酸ガスなどを発生させていた。

(二)  水道メーター工場

工場西側(酸洗い場)で硫酸と硝酸の混合液にひたして中古水道メーターの錆落しをしており、発生する硫酸硝酸の各酸化ガスを原告宅の方向に取付けられた換気扇で排出していた。同工場南側の外部敷地ではシンナーを使用して製品に塗装をしていた。

(三)  計量器工場

東側中央部分で薬品を集積したコンプレッサーで製品に塗装をしていた。

3  原告は昭和四五年一二月から被告に対して操業についての苦情を述べるようになり、原告の要請で、同四六年二月ころに岐阜市公害課職員が、同三月には東レ株式会社滋賀事業場公害防止技術相談室(以下「東レ」という。)の担当者が被告工場へ立入って調査をしたことがあった。

そして、同年三月三〇日被告から岐阜市長に対し「公害発生の原因と想念されるもの」を撤去するとの申入れがなされ、同年四月二八日岐阜市長に対し左記のとおり撤去したとの通知がなされた(カッコ内が撤去等の期日)。

(1)  塩化ビニールの屑等工場から排出される塵埃の工場内焼却の中止(昭和四六年二月初旬)

(2)  吸塵装置の附属していない研磨機の取り外し(同年三月二〇日)

(3)  水道メーター洗浄作業場の閉鎖(右同日)

(4)  屋外の吹き付け塗装設備の取除き、外部委託(右同日)

(5)  蓚酸アルマイト設備の撤去(右同日)

(6)  屋外の含浸装置の屋内移転、完全な吸塵装置の取り付け(右同日)

4  しかし被告の操業方法は右岐阜市長に対する通知のとおりに変更されてはいなかった。

(1)  工場内の塵埃については工場敷地での焼却作業がなされることがあり、同四六年三月二九日には塩化ビニール製の屑ひもの焼却がなされているのが現認された。

(2)  バフ研磨機自体には研磨によって発生する粉塵の飛散を防止するための覆いはつけられず、粉塵は機械の中に付けられたファンによってパイプを通って消防器具工場建物の西側壁面外側にある側溝の水の中にたたき落す様にされたにとどまり、昭和四七年四月になってようやくサイクロン式収塵装置(バフ研磨によって発生する金属粉塵や埃を吸収して一か所に集める装置)を設置した。

(3)  水道メーター工場西側(酸洗い場)では、同四六年三月から錆落し用の液をリポールAという塩酸を含む薬液に代えて中古水道メーターの錆落しが続けられた。もっとも右の薬液では所期の効果が得られなかったので、同年四月からはサンドブラスト装置(密閉された箱の中でサンドにより物理的に錆を落す装置)に切換えられた。

しかし、右サンドブラスト装置で使用された金属粉塵を含む古サンドはいったん水道メーター工場建物壁面のスレート板と換気扇開口部の間の地表に落下沈降するものの、これは換気扇によって外部に排出されていた。

(4)  昭和四六年三月に消防器具工場西側に従前存したものに比較すると規模の大きい稀釈用貯水池(幅約二間、奥行五間、深さ約一間)を築造し、ここに使用後の薬品を流し込んで稀釈後裏側の側溝に排水していた。右貯水池は同四七年四月に埋められた。

《証拠省略》

なお原告は昭和四六年三月二〇日以降もコンプレッサーによる吹き付け塗装、蓚酸アルマイトメッキが続けられ、酸洗い作業も同四七年四月までは行なわれていたと主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

第三工場排出物質の毒性

前記第二(被告の操業行為の項)記載のとおり被告工場での操業に伴ない各種ガス、粉塵が排出されていたが、いずれも《証拠省略》によればその有毒性は次のとおりであると認められる。

1  塩素ガス  慢性毒性として鼻粘膜炎症、潰瘍を起こし、呼吸器疾患にかかりやすくなる。歯牙酸食症、慢性気管支炎を起こす。

2  塩酸(塩化水素)ガス  目、皮ふ等につくと炎症を起こす。吸入するとのど、鼻等の粘膜を刺激してせきが出る。多量吸入によって肺水腫、歯牙酸食症を起こす。

3  硫酸  皮ふにつくと火傷する。長時間の吸入によって歯牙酸食症を起こし、呼吸器を侵食する。

4  硝酸  皮膚、粘膜、目が激しい薬火傷、歯牙酸食。吸収により呼吸器刺激、慢性気管支炎を起こす。

5  蓚酸  皮膚、粘膜に対する刺激性を有する。

6  窒素酸化物  高濃度の場合は目、鼻、のどを強く刺激し、せき、咽頭痛が起こり、めまい、頭痛、吐気等の症状を招く。慢性症状として慢性気管支炎、歯牙酸食症を起こす。

7  シンナー  皮膚、粘膜刺激、吸入すると頭痛、めまい等を起こす。

8  アルミニウム  粉塵又はフュームを多量に長期間吸入すると肺損傷(アルミニウム肺)を起こす恐れがある。アルミニウム自体には毒性はないが傷口に入って皮膚炎を起こすことがある。

9  銅  化合物の粉塵の吸入によって鼻粘膜の炎症、咽頭の充血を起こす。

10  亜鉛  酸化亜鉛フュームの吸入によって発熱症状を招き、大量吸入の場合は喉頭乾燥、気道刺激、胸部不快、むかつき、頭痛、悪寒、体痛等を起こす。

第四原告の健康被害

一  《証拠省略》によれば次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

原告は昭和四四年五月現住居に転居するまでは全くの健康体で別段疾患も有していなかったが、同年一〇月ころから、のどの喝き、めまい、肩の痛み、息のつまる様な感じといった身体の異常を自覚し始め、同四五年秋以降医師の診察を受けるようになった。同年一二月ころからは吐気、のどの痛みも強くなっていき、同四六年三月五日医師によって慢性咽頭炎と診断されるに至り、咽頭部の発赤が著明であった。又時々頭重感、悪心、嘔吐感といった自覚症状があり、翌三月六日に初めて実際に嘔吐した。同四六年四月ころから声が嗄れるようになり同四七年まで治らなかった。同四七年四月八日ころ時々息切れがし、咳嗽、悪心、頭痛、めまいといった自覚症状があり、さらに同四八年三月二七日ころは咽頭痛、血痰、咳嗽を自覚し、医師によって慢性気管支炎と診断された。

自覚症状の変遷としては、同四六年三月前記被告工場の諸施設撤去の申出後も一年間は多少症状の軽減あるいは変化はあったがやはり苦痛であり、同四七年四月ころから更に軽くなり、同四八年五月本件訴訟提起以降は一段と軽快となった。もっとも同五〇年夏に一時発咳がひどかったことがあった。

二  なお、右一に認定の原告の各症状が原告の神経過敏症、アレルギーもしくは更年期症状の発現ではないかとの疑いを抱かせるに十分な証拠はない。

第五原告宅の環境

一  位置関係

《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

原告宅は、金華山の見える眺望の良い高台の上に位置し、南端は崖となっていて、その南方に位置する被告工場敷地とは約二六・七メートルの高低差がある。右の崖下には排水溝があり、被告工場の排水もここに注いでいる。被告工場敷地内には前記各工場建物があるが、そのうち水道メーター工場は被告敷地北西隅の原告方に最も近い位置にあり、消防器具工場はその南側の被告敷地中央部に西側に延びている。又計量器工場は被告敷地南側に位置している。

原告宅の北西側には宿泊施設である阜山荘の建物があり、東側は空地をへだてて約五〇メートル先に隣家(竹中邸)がある。昭和四八年一二月頃までは、被告工場の東側は畑が多くあり、南側及び西側はまばらに建物が建っている住宅地であった。阜山荘では同四六年三月二九日まで重油ボイラーを使用していたことがあるが、その他には原告宅及び被告工場の周辺には、被告工場以外に操業を行なっている施設はない。

二  各種調査等の結果

1  東レ環境調査

《証拠省略》によれば、東レは原告の依頼によって昭和四七年三月一一日(第一回)と同月二九日(第二回)の二回にわたり原告宅及び被告工場の環境調査を行ない、右調査の結果は次のとおりであったことが認められる。

(一) 第一回調査

(1) 前記阜山荘の重油ボイラーから排出されるガス中から亜硫酸(二酸化硫黄)ガスをその特異臭によって感知した。

(2) 被告工場内において、シンナー使用の吹付塗装ならびに酸洗い作業は見出し得ず、工場排水は携帯用硝子電極PHメーターでPH約六であり特に異常は認められなかった。

(3) 原告宅地内におけるインピンジャーによるガス捕集液からは特に検出された物質はない。

(二) 第二回調査

(1) 原告宅周辺七個所に次の七種の検知紙(日光の直射をさけるため屋根つきの発泡スチロール台紙を使用)を配置した。その内容及び結果は別表1のとおりであり、結論として酸性ガス、酸化性ガスの存在を認め、かつ被告工場直上地点における検出が大であった。

(2) 原告宅に連続亜硫酸ガス検知機を設置した結果得られた測定値は別表2のとおりで、最高値〇・〇五PPMを示した。

なお右検知機は亜硫酸ガスの測定装置ではあるが、電気伝導性を有する塩素ガスの存在も測定値の異常値として現出される。

(3) 廃棄物の焼却をしていたドラム缶からの焼却ガスは、PH万能試験紙で強度の酸性(PH-)を示した。

(4) バフ仕上作業の研磨剤の沈澄池の水及び工場排水を採取測定した結果は次のとおりであった。

PH

電気伝導度

酸化性

沈澄液水

七・六

一八一

なし

工場排水

七・二

一〇二

なし

(5) 沈澄池底泥の乾燥泥について発光分光分析による定性分析を行なった結果は、別表3のとおりであって、主体は硅素であり、次に銅が多く鉄、チタン、マグネシウムがこれに次ぎ、クロム、鉛、カルシウムも多い。

(6) 原告宅地内におけるガス分析結果(自動ガス採取装置によるインピンジャー吸収液の試験結果)は次のとおりであった。

(イ) 原告採取、吸収液、蒸留水、異常時吸収のもの

同四七年三月二三日一一時半から一六時

PH六・九

同日一六時以降     PH六・九

結果としては酸性ガスの吸収は認めない。

(ロ) 原告異常時吸収のもの(日時不詳)

吸収液二パーセント苛性ソーダ 原液と比較して酸性ガス、酸化性ガス、還元性ガスの吸収を認めない。

同三パーセント過酸化水素水 亜硫酸ガスを吸収していない。

シクロヘキサン 赤外線吸収チャートで原液と差異を認めない。

2  東レ発光分光定性試験

《証拠省略》によれば、東レは昭和四七年五月二六日、原告の採取した汚染泥等につき発光分光定性分析を行なった。その内容及び結果は別表4のとおりである。

3  岐阜県公害審査会環境大気調査

《証拠省略》によれば、原告は昭和四七年五月一日岐阜県公害審査会に調停の申し立てをしたこと、同審査会の調停委員会は同四七年四月一三日から五月一〇日まで原告宅の環境大気調査を行なったこと、その内容及び結果は次のとおりであることが認められる。

(一) 硫黄酸化物

同四七年四月一三日から五月一〇日まで二八日間の原告宅における硫黄酸化物測定結果は別表5及び別図1のとおりである。なお同期間内における岐阜市役所の測定結果は別表5及び別図2のとおりである。

(二) 浮遊粒子状物質

右(一)と同期間内における原告宅及び岐阜市役所の浮遊粒子状物質の測定結果は別表6のとおりである。

(三) 浮遊粉塵

同四七年五月八日から一〇日まで四八時間(二四時間ごとに二回)の原告宅、被告工場及び岐阜市役所における大気中の浮遊粉塵をハイボリウムエアサンプラーにより捕集し、原子吸光分析を行なった結果は別表7のとおりである。なお同四七年度における国設大気汚染測定網の一一測定点(札幌、市原、東京、川崎、名古屋、大阪、尼崎、倉敷、宇部、松江、北九州)における測定結果は別表8のとおりである。

(四) 右調停委員会は右調査結果につき、硫黄酸化物及び浮遊粉塵のいずれも被告工場がその発生源とは認められず、又浮遊粒子状物質についても原告宅と岐阜市役所の測定値はほぼ同様であるとし、その他の調査結果等もふまえて、同四七年一二月一日原告の申し立てに対し調停をしない旨の決定をした。

4  岐阜市衛生部土壌調査結果

《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

岐阜市衛生部は昭和五二年五月七日被告工場及び原告宅の土壌中に含有される有害物質の実態を把握することを目的として調査を実施した。その内容及び結果は別表9のとおりである。

右市衛生部は調査の結論として、「原告宅が隣接している被告工場の影響により有害物質の汚染を受けているかを目的として調査を行なった結果、土壌、堆積塵の分析結果からみて、特に認めるべき影響を推定することはできなかった。」とした。

三  風向

1  《証拠省略》によれば岐阜市における主風向は夏は南風(南から北へ)、冬は北風(北から南へ)であると認められる。

2  《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

昭和四六年暮から同四七年春にかけて高安敏雄が居宅の風向を判定するためにさおに布製の旗をとりつけて居宅周辺の数個所に立てたところ家屋の影響を受けない位置では北風が吹いているが、家屋が北風をさえぎる位置では逆に南風が吹くという現象がみられた。

又高安敏雄は他の風のない日に落葉、紙等が崖をのぼって原告方庭の方へ上がってくるということを認めた。

東レ調査の担当者谷元末男も東レ第一回調査をした同四六年三月一一日被告工場に立入った際長良川の方向(南方)からの風によって、枯草が崖の方に向かってふかれていくのをみた。

四  ビニール幕

《証拠省略》によれば、原告は、昭和四七年三月一二日、居宅庭の工場寄りの場所に長さ約二七メートル、高さ一・七メートルのビニールの幕を張りめぐらしたこと、同年七月六日ビニールの幕の一部を切開したところ、工場から風が吹き上げてきて口びるがヒリヒリするのを覚えたことが認められる。

五  飼育動物の変死

1  兎

《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

原告方では兎二羽を飼育していたが、うち一羽が昭和四七年四月六日に死亡し、他の一羽も衰弱が著しくなったため、東レの滋賀事業所付属病院に運んだ。その運搬中残る一羽も死亡したが、その直後にこの運搬中に死亡した兎を右病院で解剖に付し、各臓器を摘出した。その解剖所見は「肺の変化が肉眼的に最も顕著であり、特に右肺ではほとんど原形をとどめない程度に軟化崩壊している像が観察された。」というものであった。

2  コリー犬

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

原告夫婦が現住居に転居後まもなく飼育し始めたコリー犬は昭和四六ないし四七年ころから嘔吐、発咳、被毛失沢便秘、下痢をくり返すようになった。

そして、この犬は昭和五二年一月八日午前一一時四五分に死亡したので、同日午後二時岐阜大学農学部家畜病院解剖室で解剖された。右解剖による考案は「病理組織学的に直接の死因はフィラリア病による肝巣状壊死、肝線維症、右心房室における多数のフィラリア虫の寄生による心筋硬塞、肺動脈内のフィラリア栓塞と血栓形成及びその結果による強い肺のうっ血水腫である。又死に至る病因の一つとして慢性の高度の子毬体腎炎がある。さらに気管支炎が長く以前から存在し、序々にかつ持続して存在していた。」というものであった。

3  モルモット

原告は昭和四七年二月ころ庭の前面(被告工場側)に箱を置いてその中でモルモットを飼育したところ二日後には死亡してしまった。

六  植物の異常

《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

昭和四六年三月、原告宅の庭南側に植えられていた赤芽樫に赤い芽の発芽をみたが、翌日には黒くなって枯死した。又同年四月五日新芽が急にいたみ、椿の花が変色して茶色っぽくなった。そのころ赤松も変色して黄色くなった。

同四七年八月中旬原告宅と被告工場の間にある崖下の通路の南側に繁茂している雑草が広範囲にわたって枯れてしまった。

同四八年一二月一〇日にも原告宅敷地南側の赤目樫の芽や葉の先端、崖の斜面の樹木及び同敷地東南角にあるしだ、やぶこうじ、わくらといった庭木の葉の先端が黒く変色している状態が観察された。

七  金属の腐蝕

《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

原告の居住する家屋は古い数奇屋造りを昭和四四年五月に現住地へ移築したものであるが、その際雨樋は新品を取りつけた。しかるに同四六年初めには被告工場のある南側部分の雨樋は腐蝕していたが、そのとき反対側のすなわち家屋の北側部分の雨樋は腐蝕するに至っていなかった。なお同じ頃屋内に備えつけられた鉄製の炉も南側と西側にあたる部分が錆ついてしまった。

八  人体の異常

《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

1  原告と同居している夫の高安敏雄は昭和四五年夏から秋にかけて庭に出た瞬間薬品のにおいを感じたことがあった。又夜自宅へ帰ると涙が出てきたことがあった。

2  玉置徳太郎は昭和四六年初め頃原告宅を訪れた際トイレで使用する塩酸のようなにおいを感じたし、又同四七年三月一二日原告宅の南側にビニールの幕を張ったときに頭がかぶれ、その三日後医師に毛根膿炎と診断された。

第六被告の責任

一  因果関係

1  不法行為に基づく損害賠償の請求において加害行為と損害との間の因果関係の立証責任が被害者側にあることはいうまでもないが、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討の上、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することである。これを本件についてみれば、原告は被告工場の操業が原告の健康被害等を招来したことを事実上推認させる種々の間接事実を証明することによって、右因果関係の高度の蓋然性を立証すれば足りるのであって、この場合被告が因果の関係を否定し賠償義務を免れるためには右因果関係の不存在を推定させるような特段の事情を証明することが必要である。

2  そこで右見解に基づき本件被告の操業と原告の健康被害等の因果関係の存否につき検討する。

すでに認定したとおり、(一)被告は、特に、昭和四四年一〇月、同四五年一〇月の各工場新増築時から同四七年三月までの操業に伴ない塩酸、硫酸、硝酸、蓚酸、シンナーの各ガス、銅、アルミニウム、亜鉛の各粉塵を発生させ、飛散させていたこと、(二)右各ガス及び粉塵は原告が罹患した症状のいずれかを引起こす有毒性があること、(三)原告宅と被告工場は高台の上下の隣地という立置関係にあること、(四)原告宅のうち家屋が北風をさえぎる部分では夏冬をとわず南風が吹くこと、(五)東レ第二回環境調査の際被告工場で焼却された塩化ビニールから発生した酸性ガスが原告宅へ到達していたこと、(六)原告宅で飼育されていた兎の肺が崩壊していたこと、同じく原告宅で飼育されていて死亡したコリー犬に慢性気管支炎の症状がみられたこと、(七)原告宅では植物の異常な枯死、金属の腐蝕があり、かつそれが被告工場に面した南側でよくみられたこと、(八)原告は従前は全くの健康体であったし、本件健康異常がアレルギー症状もしくは更年期症状によるものとは認め難いこと、その健康異常の程度の変遷が被告工場の操業(これに伴ない発生する排出ガス及び粉塵の程度)の変遷に対応していること、(九)原告宅で作業をしていた玉置徳太郎が毛根膿炎になるなど人体への影響を受けた者が原告以外にもあること、(一〇)原告宅周辺には被告工場以外に各種酸化ガス、金属粉塵を発生させる施設がないこと、(阜山荘については後記)、(一一)県公害審査会の「環境大気調査」は硫黄酸化物中心の調査にすぎず、又調査のなされたのは昭和四七年四月から五月にかけてであり、前記のとおり被告工場の操業が大きく改善された後であるから、直ちに右調査結果が同四七年三月以前の状態にもあてはまるとはいえないこと、(一二)岐阜市衛生部の土壌調査は被告の操業に伴ない発生するアルミニウム及びマグネシウム(消防ノズルの材料であるヒドロナリウムの構成物)についての調査を欠いており、又調査のなされたのが右「環境大気調査」からさらに五年後の同五二年であること、(一三)阜山荘で使用されていた重油ボイラーが亜硫酸ガスを発生させていたとしても、右ボイラーは同四六年三月二九日に撤去されているにもかかわらず、その後も亜硫酸ガス濃度測定機の数値が高くなったこともあり、原告の被害も継続していること、(一四)被害者は原告一人であるが、これは被告工場直近の高台上には原告宅しかなく(五〇メートル東方に隣家があった。)、原告宅が被告工場に最も近いし、原告は一日中在宅している婦人であるという事情がみられること以上(一)ないし(一四)の諸事実を総合考慮すれば、経験則上原告の前記健康被害は被告工場の操業に起因すると推定しうるところ、因果関係の不存在を推定させるに足りる特段の事情の立証はないから、本件における加害行為と原告の被害との因果の関係を肯定することができる。

二  違法性

本件は、被告がその操業過程において人体に有毒なガス等を排出し、これにさらされた原告の身体、健康が害されたというのであるから、被告の右法益侵害行為が違法であることは論をまたない(なお、原告は、本件侵害行為の違法性を基礎づける事実として、被告工場建物の新増築が旧特別都市計画法、建築基準法等にしたがった適法有効な許可、確認等を経ていないことを主張する。しかしこれらの事由は、建物の新増築により被告の操業が開始あるいは拡大されたという意味での因果の関係は存在するが、右手続上の法規違背によりはじめて被告の前記ガス排出行為等が違法性を帯びるというわけのものではないから、違法性の判断につき斟酌すべき事由としてはとりあげない)。

三  故意、過失

すでに認定のとおり、被告工場では人体に有害な性質を有する各種の酸が使用され、操業に伴ない各種ガス、金属、ガラスの粉塵が発生するところ、被告工場周辺の地形、同工場と原告宅の位置関係等から被告において右物質が原告の身体健康に影響を及ぼすことを予見しえたというべきである。

しかるに前記のとおり、被告は、昭和四四年一〇月の工場新設及び同四五年の工場増設後、その操業において使用する金属材料及び各種酸の有害性、ガス及び粉塵の発生、飛散について注意を払わず、原告宅の方向に換気扇でガス、粉塵を排出することすらしていた。とくに同四五年一二月には原告から被告工場の排出するガス等による被害についての申入がなされたにもかかわらずなんらの措置をとることなく漫然操業を継続し、岐阜市公害課あるいは東レの工場立入等があった後の同四六年三月二〇日にようやく操業内容の改善方を岐阜市に申し入れた次第であり、しかも申し入れ内容がほぼ完全に達成されたのは昭和四七年四月ころである。

したがって、被告が右の期間中にとった行為態度については過失責任を免れない。

第七損害

一  慰謝料

以上判示のとおり、原告は被告の昭和四四年一〇月から同四七年三月までの間の操業によって、平穏、快適かつ健康な生活を営む利益を侵害され、このため多大の苦痛を強いられてきたものといえるから、被告は原告の右精神的苦痛を慰謝するに足りる金額を賠償すべきである。しかして、前記の原告の健康被害の程度、原告居住地の環境、被告工場との位置関係、被告工場の操業の内容、被告が被害発生防止のためとった措置、原告が被害の原因追及のため及び防禦のために要した手数のほか《証拠省略》によって認められる、被告工場の敷地は昭和二八年から同四六年三月三一日まで特別都市計画法(昭和二一年九月一一日法律第一九号)三条一項に基づき緑地地域に指定された土地であったが、被告は昭和四四年一〇月の水道メーター工場の新築及び同四五年一〇月の消防器具工場の増築の際いずれも法定の岐阜県知事による許可を受けておらず、建築基準法にしたがった建築主事による確認も受けていない(前掲証拠によれば消防器具工場についてのみ増築工事完了後の同四六年六月三〇日に岐阜市建築主事による建築確認がなされていることが認められるが、建築確認を受けることなく建築された建築物につき後日建築主事が確認をしても建築基準法六条一項にいう確認行為とはいえないから、消防器具工場の建築は適法な確認を受けたこととはならない。)との事実など諸般の事情を総合勘案すれば、原告の前記苦痛を慰謝すべき金額としては金二〇〇万円が相当である。

二  弁護士費用

以上認定の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告がその操業と原告の健康被害との因果関係を認めないため、原告は本件損害賠償の任意支払を受けることができず、本件訴訟の提起追行を弁護士に委任せざるを得なくなり、その報酬として四五万円を支払う約束をしたことが認められる。そこで弁護士報酬のうち損害として賠償を求めうる額を考えると、本事案の内容、審理経過、認容された慰謝料額等に照らして二〇万円が相当である。

第八結論

以上の次第で、被告は原告に対し損害賠償金(慰謝料及び弁護士費用)二二〇万円及び慰謝料分二〇〇万円に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年五月二九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、原告の本訴請求は右の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九二条本文、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋元隆男 裁判官 小島寿美江 長谷川誠)

〈以下省略〉

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